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十一 - 7

书籍名:《吾輩は猫である》    作者:夏目漱石
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「全くそうです」


「なるほど少し天才だね、こりゃ」と迷亭君も少々恐れ入った様子である。


「夜具の中から首を出していると、日暮れが待遠(まちどお)でたまりません。仕方がないから頭からもぐり込んで、眼を眠(ねむ)って待って見ましたが、やはり駄目です。首を出すと烈しい秋の日が、六尺の障子(しょうじ)へ一面にあたって、かんかんするには癇癪(かんしゃく)が起りました。上の方に細長い影がかたまって、時々秋風にゆすれるのが眼につきます」


「何だい、その細長い影と云うのは」


「渋柿の皮を剥(む)いて、軒へ吊(つ)るしておいたのです」


「ふん、それから」


「仕方がないから、床(とこ)を出て障子をあけて椽側(えんがわ)へ出て、渋柿の甘干(あまぼ)しを一つ取って食いました」


「うまかったかい」と主人は小供みたような事を聞く。


「うまいですよ、あの辺の柿は。とうてい東京などじゃあの味はわかりませんね」


「柿はいいがそれから、どうしたい」と今度は東風君がきく。


「それからまたもぐって眼をふさいで、早く日が暮れればいいがと、ひそかに神仏に念じて見た。約三四時間も立ったと思う頃、もうよかろうと、首を出すとあにはからんや烈しい秋の日は依然として六尺の障子を照らしてかんかんする、上の方に細長い影がかたまって、ふわふわする」


「そりゃ、聞いたよ」


「何返(なんべん)もあるんだよ。それから床を出て、障子をあけて、甘干しの柿を一つ食って、また寝床へ這入(はい)って、早く日が暮れればいいと、ひそかに神仏に祈念をこらした」


「やっぱりもとのところじゃないか」


「まあ先生そう焦(せ)かずに聞いて下さい。それから約三四時間夜具の中で辛抱(しんぼう)して、今度こそもうよかろうとぬっと首を出して見ると、烈しい秋の日は依然として六尺の障子へ一面にあたって、上の方に細長い影がかたまって、ふわふわしている」


「いつまで行っても同じ事じゃないか」


「それから床を出て障子を開けて、椽側(えんがわ)へ出て甘干しの柿を一つ食って……」


「また柿を食ったのかい。どうもいつまで行っても柿ばかり食ってて際限がないね」


「私もじれったくてね」


「君より聞いてる方がよっぽどじれったいぜ」


「先生はどうも性急(せっかち)だから、話がしにくくって困ります」


「聞く方も少しは困るよ」と東風君も暗(あん)に不平を洩(も)らした。


「そう諸君が御困りとある以上は仕方がない。たいていにして切り上げましょう。要するに私は甘干しの柿を食ってはもぐり、もぐっては食い、とうとう軒端(のきば)に吊(つ)るした奴をみんな食ってしまいました」


「みんな食ったら日も暮れたろう」


「ところがそう行かないので、私が最後の甘干しを食って、もうよかろうと首を出して見ると、相変らず烈しい秋の日が六尺の障子へ一面にあたって……」


「僕あ、もう御免だ。いつまで行っても果(は)てしがない」


「話す私も飽(あ)き飽きします」


「しかしそのくらい根気があればたいていの事業は成就(じょうじゅ)するよ。だまってたら、あしたの朝まで秋の日がかんかんするんだろう。全体いつ頃にヴァイオリンを買う気なんだい」とさすがの迷亭君も少し辛抱(しんぼう)し切れなくなったと見える。ただ独仙君のみは泰然として、あしたの朝まででも、あさっての朝まででも、いくら秋の日がかんかんしても動ずる気色(けしき)はさらにない。寒月君も落ちつき払ったもので


「いつ買う気だとおっしゃるが、晩になりさえすれば、すぐ買いに出掛けるつもりなのです。ただ残念な事には、いつ頭を出して見ても秋の日がかんかんしているものですから――いえその時の私(わたく)しの苦しみと云ったら、とうてい今あなた方の御じれになるどころの騒ぎじゃないです。私は最後の甘干を食っても、まだ日が暮れないのを見て、然(げんぜん)として思わず泣きました。東風君、僕は実に情(なさ)けなくって泣いたよ」


「そうだろう、芸術家は本来多情多恨だから、泣いた事には同情するが、話はもっと早く進行させたいものだね」と東風君は人がいいから、どこまでも真面目で滑稽(こっけい)な挨拶をしている。


「進行させたいのは山々だが、どうしても日が暮れてくれないものだから困るのさ」


「そう日が暮れなくちゃ聞く方も困るからやめよう」と主人がとうとう我慢がし切れなくなったと見えて云い出した。


「やめちゃなお困ります。これからがいよいよ佳境に入(い)るところですから」


「それじゃ聞くから、早く日が暮れた事にしたらよかろう」


「では、少しご無理なご注文ですが、先生の事ですから、枉(ま)げて、ここは日が暮れた事に致しましょう」


「それは好都合だ」と独仙君が澄まして述べられたので一同は思わずどっと噴き出した。


「いよいよ夜(よ)に入ったので、まず安心とほっと一息ついて鞍懸村(くらかけむら)の下宿を出ました。私は性来(しょうらい)騒々(そうぞう)しい所が嫌(きらい)ですから、わざと便利な市内を避けて、人迹稀(じんせきまれ)な寒村の百姓家にしばらく蝸牛(かぎゅう)の庵(いおり)を結んでいたのです……」


「人迹の稀なはあんまり大袈裟(おおげさ)だね」と主人が抗議を申し込むと「蝸牛の庵も仰山(ぎょうさん)だよ。床の間なしの四畳半くらいにしておく方が写生的で面白い」と迷亭君も苦情を持ち出した。東風君だけは「事実はどうでも言語が詩的で感じがいい」と褒(ほ)めた。独仙君は真面目な顔で「そんな所に住んでいては学校へ通うのが大変だろう。何里くらいあるんですか」と聞いた。


「学校まではたった四五丁です。元来学校からして寒村にあるんですから……」


「それじゃ学生はその辺にだいぶ宿をとってるんでしょう」と独仙君はなかなか承知しない。


「ええ、たいていな百姓家には一人や二人は必ずいます」


「それで人迹稀なんですか」と正面攻撃を喰(くら)わせる。

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