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十 - 7

书籍名:《吾輩は猫である》    作者:夏目漱石
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その後(ご)三十分間は家内平穏、別段吾輩の材料になるような事件も起らなかったが、突然妙な人が御客に来た。十七八の女学生である。踵(かかと)のまがった靴を履(は)いて、紫色の袴(はかま)を引きずって、髪を算盤珠(そろばんだま)のようにふくらまして勝手口から案内も乞(こ)わずに上(あが)って来た。これは主人の姪(めい)である。学校の生徒だそうだが、折々日曜にやって来て、よく叔父さんと喧嘩をして帰って行く雪江(ゆきえ)とか云う奇麗な名のお嬢さんである。もっとも顔は名前ほどでもない、ちょっと表へ出て一二町あるけば必ず逢える人相である。


「叔母さん今日は」と茶の間へつかつか這入(はい)って来て、針箱の横へ尻をおろした。


「おや、よく早くから……」


「今日は大祭日ですから、朝のうちにちょっと上がろうと思って、八時半頃から家(うち)を出て急いで来たの」


「そう、何か用があるの?」


「いいえ、ただあんまり御無沙汰をしたから、ちょっと上がったの」


「ちょっとでなくっていいから、緩(ゆっ)くり遊んでいらっしゃい。今に叔父さんが帰って来ますから」


「叔父さんは、もう、どこへかいらしったの。珍らしいのね」


「ええ今日はね、妙な所へ行ったのよ。……警察へ行ったの、妙でしょう」


「あら、何で?」


「この春這入(はい)った泥棒がつらまったんだって」


「それで引き合に出されるの?いい迷惑ね」


「なあに品物が戻るのよ。取られたものが出たから取りに来いって、昨日(きのう)巡査がわざわざ来たもんですから」


「おや、そう、それでなくっちゃ、こんなに早く叔父さんが出掛ける事はないわね。いつもなら今時分はまだ寝ていらっしゃるんだわ」


「叔父さんほど、寝坊はないんですから……そうして起こすとぷんぷん怒(おこ)るのよ。今朝なんかも七時までに是非おこせと云うから、起こしたんでしょう。すると夜具の中へ潜(もぐ)って返事もしないんですもの。こっちは心配だから二度目にまたおこすと、夜着(よぎ)の袖(そで)から何か云うのよ。本当にあきれ返ってしまうの」


「なぜそんなに眠いんでしょう。きっと神経衰弱なんでしょう」


「何ですか」


「本当にむやみに怒る方(かた)ね。あれでよく学校が勤まるのね」


「なに学校じゃおとなしいんですって」


「じゃなお悪るいわ。まるで蒟蒻閻魔(こんにゃくえんま)ね」


「なぜ?」


「なぜでも蒟蒻閻魔なの。だって蒟蒻閻魔のようじゃありませんか」


「ただ怒るばかりじゃないのよ。人が右と云えば左、左と云えば右で、何でも人の言う通りにした事がない、――そりゃ強情ですよ」


「天探女(あまのじゃく)でしょう。叔父さんはあれが道楽なのよ。だから何かさせようと思ったら、うらを云うと、こっちの思い通りになるのよ。こないだ蝙蝠傘(こうもり)を買ってもらう時にも、いらない、いらないって、わざと云ったら、いらない事があるものかって、すぐ買って下すったの」

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