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五 - 9

书籍名:《吾輩は猫である》    作者:夏目漱石
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それでもまだ心配が取れぬから、どう云うものかとだんだん考えて見るとようやく分った。三個の計略のうちいずれを選んだのがもっとも得策であるかの問題に対して、自(みずか)ら明瞭なる答弁を得るに苦しむからの煩悶(はんもん)である。戸棚から出るときには吾輩これに応ずる策がある、風呂場から現われる時はこれに対する計(はかりごと)がある、また流しから這い上るときはこれを迎うる成算もあるが、そのうちどれか一つに極(き)めねばならぬとなると大(おおい)に当惑する。東郷大将はバルチック艦隊が対馬海峡(つしまかいきょう)を通るか、津軽海峡(つがるかいきょう)へ出るか、あるいは遠く宗谷海峡(そうやかいきょう)を廻るかについて大(おおい)に心配されたそうだが、今吾輩が吾輩自身の境遇から想像して見て、ご困却の段実に御察し申す。吾輩は全体の状況において東郷閣下に似ているのみならず、この格段なる地位においてもまた東郷閣下とよく苦心を同じゅうする者である。


吾輩がかく夢中になって智謀をめぐらしていると、突然破れた腰障子が開(あ)いて御三(おさん)の顔がぬうと出る。顔だけ出ると云うのは、手足がないと云う訳ではない。ほかの部分は夜目(よめ)でよく見えんのに、顔だけが著るしく強い色をして判然眸底(ぼうてい)に落つるからである。御三はその平常より赤き頬をますます赤くして洗湯から帰ったついでに、昨夜(ゆうべ)に懲(こ)りてか、早くから勝手の戸締(とじまり)をする。書斎で主人が俺のステッキを枕元へ出しておけと云う声が聞える。何のために枕頭にステッキを飾るのか吾輩には分らなかった。まさか易水(えきすい)の壮士を気取って、竜鳴(りゅうめい)を聞こうと云う酔狂でもあるまい。きのうは山の芋、今日(きょう)はステッキ、明日(あす)は何になるだろう。


夜はまだ浅い鼠はなかなか出そうにない。吾輩は大戦の前に一と休養を要する。

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