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二 - 13

书籍名:《吾輩は猫である》    作者:夏目漱石
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「それで市(いち)が栄えたのかい」と主人が聞く。


「面白いですな」と寒月がにやにやしながら云う。


「うちへ帰って見ると東風は来ていない。しかし今日(こんにち)は無拠処(よんどころなき)差支(さしつか)えがあって出られぬ、いずれ永日(えいじつ)御面晤(ごめんご)を期すという端書(はがき)があったので、やっと安心して、これなら心置きなく首が縊(くく)れる嬉しいと思った。で早速下駄を引き懸けて、急ぎ足で元の所へ引き返して見る……」と云って主人と寒月の顔を見てすましている。


「見るとどうしたんだい」と主人は少し焦(じ)れる。


「いよいよ佳境に入りますね」と寒月は羽織の紐(ひも)をひねくる。


「見ると、もう誰か来て先へぶら下がっている。たった一足違いでねえ君、残念な事をしたよ。考えると何でもその時は死神(しにがみ)に取り着かれたんだね。ゼームスなどに云わせると副意識下の幽冥界(ゆうめいかい)と僕が存在している現実界が一種の因果法によって互に感応(かんのう)したんだろう。実に不思議な事があるものじゃないか」迷亭はすまし返っている。


主人はまたやられたと思いながら何も云わずに空也餅(くうやもち)を頬張(ほおば)って口をもごもご云わしている。


寒月は火鉢の灰を丁寧に掻(か)き馴(な)らして、俯向(うつむ)いてにやにや笑っていたが、やがて口を開く。極めて静かな調子である。


「なるほど伺って見ると不思議な事でちょっと有りそうにも思われませんが、私などは自分でやはり似たような経験をつい近頃したものですから、少しも疑がう気になりません」


「おや君も首を縊(くく)りたくなったのかい」


「いえ私のは首じゃないんで。これもちょうど明ければ昨年の暮の事でしかも先生と同日同刻くらいに起った出来事ですからなおさら不思議に思われます」


「こりゃ面白い」と迷亭も空也餅を頬張る。


「その日は向島の知人の家(うち)で忘年会兼(けん)合奏会がありまして、私もそれへヴァイオリンを携(たずさ)えて行きました。十五六人令嬢やら令夫人が集ってなかなか盛会で、近来の快事と思うくらいに万事が整っていました。晩餐(ばんさん)もすみ合奏もすんで四方(よも)の話しが出て時刻も大分(だいぶ)遅くなったから、もう暇乞(いとまご)いをして帰ろうかと思っていますと、某博士の夫人が私のそばへ来てあなたは○○子さんの御病気を御承知ですかと小声で聞きますので、実はその両三日前(りょうさんにちまえ)に逢った時は平常の通りどこも悪いようには見受けませんでしたから、私も驚ろいて精(くわ)しく様子を聞いて見ますと、私(わたく)しの逢ったその晩から急に発熱して、いろいろな譫語(うわごと)を絶間なく口走(くちばし)るそうで、それだけなら宜(い)いですがその譫語のうちに私の名が時々出て来るというのです」


主人は無論、迷亭先生も「御安(おやす)くないね」などという月並(つきなみ)は云わず、静粛に謹聴している。

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